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大師号「弘法大師」

令和2年(2020)は、大師号下賜1100年の記念年ですが、本山である高野山では、コロナの流行があり大々的に記念行事を行うということは難しかったようです。


 舊城寺にも、毎年お大師さまに献納される檜皮色の衣の一部をいただきました。客殿に飾っていますので、よろしければご覧ください。

 

さて、宗祖弘法大師空海さまは、色々な名前をお持ちです。幼名の「佐伯真魚」。僧侶としての「空海」。師の恵果和尚より頂いた「遍照金剛」。そして「弘法大師」。

 

今年は、弘法大師という名前を頂いてから1100年ということになります。そこで、今回はこの弘法大師というお名前についてです。


そもそも大師号とはどのようなものでしょうか。〇〇大師というお名前は、諡号(しごう)といい、その業績を尊んで天皇陛下より頂くお名前です。

 

「大師は弘法に奪われ、太閤は秀吉に奪わる」

 

と言いますが、他にも25名の大師号を下賜された僧侶がいる中、大師といえば弘法大師というほどに、宗派を越え広く信仰されてきました。「南無大師遍照金剛」の大師はこの大師号を示しています。


お大師さまが御入定され八十三年の後のことです。寛平法皇は、醍醐天皇に「お大師さまに大師号を賜りたい」と願い出られ、観賢僧正も上表されましたが、勅許されませんでした。
しかし、そのとき醍醐天皇の夢枕にぼろぼろの衣を着た僧侶が現れ、次の歌を詠まれました。


「たかのやま 結ぶ庵に袖朽て 苔の下にぞ 有明の月」

 

お大師さまは、今も高野山の奥の院に身をとどめ、衣の袖が朽ちても、有明の月の如く世の闇を照らし人々を救済し続けている。という歌の意味に気付いた、醍醐天皇は、直ちに朽ちた衣の代わりとしての桧皮色の御衣と、「弘法大師」という諡号を賜りました。延喜21(921)年10月27日のことでした。


お大師さまの業績「弘法利生」

(法(教え)を弘(ひろ)め、衆生(人々)を救った(利益)の意味)

から取られたお名前は、他の候補もあったそうですが、お大師さまの人柄を表す素晴らしいお名前をいただいたのではないかと思います。


 この下賜1100年の節目の年。ぜひお大師さまに思いをはせながら「南無大師遍照金剛」とお唱えいただければと思います。

​舊城寺だより第六号より抜粋

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