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お大師さまと結縁灌頂

*2019年神奈川宗務支所において結縁灌頂が行われました。以下はその際に、寺報「舊城寺だより」に掲載したものです。​

私たち舊城寺の所属するのはご存じの通り高野山真言宗です。真言宗は密教を専らにしています。密教とは何でしょうか。禅宗は禅、浄土系は念仏とイメージがある方が多いと思いますが、密教はどのような印象でしょう?そんな密教を象徴するものの一つが灌頂なのです。


インドでお釈迦様の教えを受け継いだ弟子たちは、教えを受け継ぎ研究発展させていきます。インドにおける仏教の最後の発展が密教です。密教は中国に伝来し、お大師さまによって体系的に日本に伝わり大成します。のち、インドではイスラム勢力の侵攻で仏教は滅び、弘法大師さまが密教を伝授された中国でも、皇帝の仏教弾圧により密教は途絶えます。現在密教が残っているのは、仏教圏広しといえども日本とチベットだけなのです。


 密教の教えを受け継ぐ際は必ず灌頂の儀式を行います。住職も私も高野山で伝法灌頂を受けさせて頂きました。お大師さまも師の恵果和尚に従い灌頂を受けています。

 お大師さまと恵果和尚については灌頂についての逸話が残っています。私の好きなエピソードなので紹介させて頂きます。


唐に渡り長安の都で仏教の勉強に励んでいたお大師さまは、ついに密教の大家である恵果和尚を訪ねます。お大師さまを一目見るなり、恵果和尚は大いに喜び、多くの弟子を差し置いて灌頂を行いすべての教えを授けると宣言します。お大師さまはすでに多くの唐の高僧に付き学んでいました。有望な青年僧であることはすでに恵果和尚には伝わっていたのでしょう。


 灌頂では目隠しで仏さまの世界が描かれた曼荼羅の上に花を落とし、落ちた場所の仏さまとご縁を結びます。お大師さまは灌頂を三度受けられますが毎回導かれるように中心の密教の最高仏、大日如来に花が落ちたそうです。恵果和尚は、お大師さまが有望で密教を授けるにふさわしいと理解されていたでしょう。しかし、この灌頂を経てその思いは「この者は密教を伝えるために導かれてきたのだ」と確信に変わったのではないかと思います。そして、大日如来を表す遍照金剛という名前をお大師さまに授けます。


 教えを授けすぐ恵果和尚は亡くなってしまいますが、お大師さまに「すぐに日本に帰り密教を広めなさい、私は死んでしまうが必ず日本に生まれかわりお前の弟子となるから密教を一緒に広めよう」と遺言を残します。お大師さまは、遺言に従い朝廷との約束を破って大罪を犯す覚悟で帰国します。恵果和尚との出来事はとても感動的であったようで、朝廷への報告にも書かれています。
 
 お大師さまの体験し請来した密教というのがどのようなものか、灌頂を受けどのように思われたのか、実際に体験するまたとない機会ですので是非結縁灌頂にご参加ください。

​舊城寺たより第3号より抜粋

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